2016年04月04日
野田史3 西円寺

野田史3 地域の歴史、最終回。
白雲山 西円寺
鎌倉時代
1289年、比留輪に天台宗西光寺として建立、八王子、江比間
へ移り、1452年野田に真宗に改宗して
市場より 保井道場を起こし、田原城主戸田宗光によって
二代目空明が迎えられ、1529年西円寺になる。
国道から自宅へ来る途中にあります。

関連ウエブ
真宗大谷派岡崎教区
https://www.okazaki-kyoku.net/search/jiin_detail.cgi?id=80
同名で宇津江町にもありました。
西円寺 東三河を歩こう
https://www.net-plaza.org/KANKO/tahara/tera/saienji-utsue/index.html
田原市野田町西円寺~宇津江町西円寺
グーグルマップ
事業家 藤江 弥七郎
1854年山の神地区 生まれ
集落背後の瀬戸山の石採掘
石灰を作り、伊勢地方に販売、伊勢に分場作る。
(改めて山を見ると削られていました)
1908年片浜、白谷の同業者と連合して三河石灰設立。
1908年渥美醤油設立。
1916年 説教場を作り、豊橋善明寺の寺号をもらい尼寺設立。
日露戦争後、仁幸山に忠魂碑県立。
昭和の初め石灰閉業、昭和30年代渥美醤油閉業。
関連ウエブ
~白谷よもやま話~
【 第28回 白谷の石山と石灰生産の思い出 】
http://www.giin.biz/hiramatsu/images/%E2%84%9628-2%20siroyanoisiyama.pdf
より一部転載
白谷石灰工場に従事した一人として、知るかぎりのことを書いてみます。
白谷には石灰石を採る鉱山として、白谷公民館前(元は西部小学校前)に
「一号山」(又は斎竹山)があり、今の斉竹鉱建の事務所のある所を
「二号山」(又は小谷山)、東の郷中にあるのを「丸本山」
(マルホン)、八柱神社の横の山に「谷津山」、田原生コンの奥の山を
「新田小谷山」(シンデンコタニ)と呼んでいました。
この五ヶ所の石山については、皆さんの知るところですが、
もう一ヶ所、規模の小さい石山があり、発破で採石していました。
その場所は、白谷字原地内、通称「ヤンバタ」(山畑)と言っていました。
車道を登りきった奥に掘割式の谷間の奥にあります。
私が物心のついた頃でしたから正確とは言い切れませんが、
ここで、手堀りにより発破を仕掛けて
石を採り、牛車で石灰山(ハイヤマ)まで運んでいました。
転載終了。
~白谷よもやま話~【 第2回 石灰 】
http://www.giin.biz/hiramatsu/images/%E2%84%962%20setukaisekisaikutu.pdf
より一部転載
石灰石採掘の歴史は古く、
元禄四年(1691年)閏八月二六日 白谷村庄屋、
田原藩に石灰焼きの許可を得る
九月一日 藩役人が石灰岩採掘、焼成現場及び上納分等を
見分に出向する(田原町史萬留帳より) とあり、当時すでに
石灰石を焼成し肥料として利用されていた事がうかがわれます。
その後、天保年間(1830~1843年)に、藩の家老
丹羽 某(なにがし)が白谷に窯を築き、藩の直轄事業
として盛んに石灰を製造したが、明治初年 廃藩と同時に藩の直営は廃止され、
その後を受けた佐藤 進 (信邦とも称す)と永瀬 誉らにより経営されたが、
明治10年頃白谷の住民に経営が移ったようです。
〔田原区文化誌 田原鉱産 河合 敏 “石灰石の掘り方 昔と今” 別紙参照〕
明治40年 三河石灰㈱が設立され、その後、
昭和33年頃までは河合 康雄氏(現東海CS㈱)に引継がれ
ました。その経緯は不明ですが、
会社の建物だけは斉竹鉱業㈱に移りました。
建物が取壊された時、三河石灰㈱と標された棟札が見つかっています。
転載終了。
豪商 平野屋 彦左衛門
現在の雲明集会場あたりに本家あったようです。
明治23年の所有地 面積
田 12町5反
畑 3町5反
宅地1町5反
合計17町5反
大正9年
野田商事株に名称変更し、製材、鉄道事業に投資拡大
昭和5年の昭和恐慌により衰退。

出光 平野屋 野田ss
現在お店とガソリンスタンド経営中です。
父曰く、雲明集会所(元 本家)から東へ100Mの交差点まで
高さ2~3Mぐらいの塀があったそうで
現在の国道を通す際、塀があったため、
国道が現在のカーブしたルートになったそうです。
戦後の農地改革で、小作に土地は分割されたそうです。
関連ウエブ
農地改革 Wikipedia
戦前まであった「寺社と小作人の共存共栄システム」
http://www.bukkyouoshie.com/rekisi/nouchikaikaku.html
関連の記事
田原市野田史1
http://hatake.dosugoi.net/e848889.html
野田史2
http://hatake.dosugoi.net/e849174.html
Posted by たんぼ at 02:15
│田原情報