2018年04月12日
セムヤーゼ5 時間旅行 NO.6
セムヤーゼ5 NO.6
P152~
解説 1964年9月14日 インド・メールアウリにて
P154~
人間が自己の未来を具体的に知る事は狂気の沙汰である。
何故なら、彼はその真実を独力で処理出来ないからだ。
彼はたちまちその事実に打ちのめされてしまう。しかし、まれにはそうならない場合がある。
自己克服、霊的知識、とりわけ自分以外の適当な人物の援助、こう言ったものが備わっていれば、完全に立ち直る事が出来る。
これが私の場合に起こったのであり、私一人の力で立ち直ったのではない。
私だけでこうした苦難を決して克服することは出来なかった。
何故なら、当時私は愚かで、霊的に未熟で低い段階にあったからだ。
(中略)
私の知っている未来の事件が間近かに迫って来ると、私の感情は高ぶり、激しく動揺する。
実は今がそれだ。私は私の身に起こる事件を考えている。
それが来年起こる。それは避けられないのだ。
11カ月も経つと私の人生の次の段階が始まるのだ。
その第一歩は、私にとって非常に難しいものとなろう。
私はその正確な場所と日付を今知った。
その時、私は第二の新しい人生に移行するのだ。
それを私は今知らされた。
私は左腕をバス事故で失うことになっている。私は何もかも知っている。
以上。
備考
(マイヤー氏 1965年8月3日、犯罪事件の私立探偵の仕事中 トルコ・イスケンデルンでバス事故に遭遇し、左腕を失った)
関連
ビリー・マイヤー-哲学|翻訳家の部屋-明瀬一裕-
http://honnyaku.world.coocan.jp/essays2/billy.html

Posted by たんぼ at 05:00
│ ビリーマイヤー